5. 孤独という危機
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1. 孤独と心身の健康
1-1. 孤独死
死因を問わず自宅で亡くなる人は全国で15万人なので、およそ5人に1人
その多くは65歳以上の高齢者
一人で生活していることそれ自体に健康リスクがあるわけではない
厚生労働省は近年、孤独死の代わりに孤立死という言葉を用いる 孤独死という言葉は、独居の高齢者のみを想定させ、支援の幅を限定してしまう恐れがあるとの理由から
孤立死に明確な定義はないが、何らかの理由で、他者との付き合いがほとんどない、社会的に孤立死た生活を送っている人々全般の死を想定した概念
1-2. 心身の健康への影響
カリフォルニア州アラメダ郡での9年に及ぶ追跡調査
以下のような基準から調査対象を社会的なつながりの多寡によって4群に分け、調査期間内の死亡率を比較した
結婚をしているか
親しい友人や親戚との接触はあるか
教会に所属しているか
公的、非公的なグループとのつながりはあるか
性別、年齢層に限らず、社会的に孤立している者ほど死亡率が高くなっていることがわかる
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結果の解釈は慎重でなければならない
健康悪化→社会的孤立&死亡リスク上昇
2. 孤独はなぜ健康を損なうのか
2-1. 孤独の間接的影響:自己制御能力の低下
社会的孤立が健康リスクを高める、想定される2種類のプロセス(浦, 2009) 孤独が生活習慣の悪化を招き、それが健康を損なわせるというプロセス 孤独が自己制御能力を低下させると仮定するもの
通常、我々は他者の目に映る自分を意識して生活している
例えば、実験場面で参加者たちに一時的に孤独感を経験させると、様々な側面での自己制御能力が低下することを報告している この場合、孤独感を経験した参加者は、意欲だけでなく、解答の際の注意力も欠いているようで、回答した問題でも間違いが多く見られた 孤独感は健康リスクに影響を与える自己制御能力を低下させ、自らの健康を害するような自滅的行動をとってしまう
同様の傾向は、実験室だけでなく、普段の生活の中で経験されている孤独感と日常的な生活習慣との関連を調べた研究でも報告されている
興味深いのは、孤独を感じている人に見られるこのような生活習慣の悪化は、中高年には顕著なものの、若者ではあまり見られないということ
プロセスははっきりしないものの、中高年においては、孤独が生活習慣の悪化を予測する重要な要因であることは確か
孤独が直接的に健康を損なわせるというプロセス
次項
2-2. 孤独の直接的影響とその進化的意味
集団に所属したり、仲間から受け入れられたりすることを欲する
人間の心の働きは、身体的な形質や行動的な傾向性と同じように、環境への適応の産物だと考えられている 人間の場合、他者とのつながりを求める方向に進化的な選択が働いたとしてもおかしくないと進化心理学者は考える
この仮説の傍証
他者から拒絶されたときの脳の反応が、身体的な痛みを経験しているときの脳の反応に類似しているという研究報告
コンピュータゲームで自分のところにだけパスが回ってこなくなってしまう
人間が身体的な痛みを経験しているときに活性化するのとほぼ同じ部位
他者からの拒絶は、身体の損傷のように生命を直接的に脅かすものではないので、身体的な痛みと心の痛みが共通した脳神経基盤を持っているとすれば、それは奇妙なこと
社会的孤立が身体の損傷にも匹敵する危機だったのだろう
実際、人間は他者からの拒絶に対して、過敏ともいえる反応をすることも明らかにされている
例えば、サイバーボール課題を使った研究では以下のような状況でも不快感を覚えることが報告されている
身体的な痛みは、身体的な損傷を最小限に留めようと動機づける一種の嫌悪信号であるが、社会的孤立に伴う心の痛みも危険を最小化する行動へと人間を動機付けていると考えられる
現代社会においては、社会的孤立に対して、身体が必要以上に警戒モードを保つことは、我々の身体を疲弊させ、かえって健康リスクを高めてしまう危険性もある
実際、孤独は、休息によって疲労を回復し、元気を取り戻すことさえも妨げてしまう
孤独を感じている者は、睡眠に至るまでに時間がかかり、日中の疲労感も大きい
また仮に量の上では正常な睡眠時間を確保できていても、睡眠の質が良くないことが報告されている(Cacioppo, Hawkley, Berntson, Ernst, Gibbs, Stickgold, & Hobson, 2002; Hawkley, Preacher, & Cacioppo, 2010) 3. 孤独の危機にどう立ち向かうか
3-1. 社会的サポート
女子大学生を実験参加者にして「これから苦痛を伴う電気ショックを受けてもらう予定だ」と説明した上で、実験が始まるまで、一人で待つか、他の人達と一緒に待つかを尋ねると、多くの者は、他の人と一緒に待ちたいと答える
最近の研究が明らかにしたことによれば、他者からの受容は身体的な痛みを和らげる働きを持つという
単に自由に会話を交わすことのできる他者がいるだけでは、一人で試験を受ける場合と痛みの程度は変わらないが、言葉にせよ、アイコンタクトにせよ、試験を受けているときにそれを励ます他者がそばにいると、痛みが和らげられることが明らかになった
普段の生活の中で適切な社会的サポートを受けられている人は、一時的な排斥にたじろがないような心の働きが築き上げられているのだと考えられる
3-2. 主観的感情としての孤独
愛染バーガーらのサイバーボール課題を使った研究でも、dACCの活性化の程度が関係したのは、実験参加者が自ら報告した主観的な苦痛の程度であり、脳の働きもこのような主観的な孤独感と連動したものになっている
主観的な感情である以上、孤独感には大きな個人差があることも知られている 客観的には孤立しているように見えても、孤独感を経験していない人はいる
反対に、表面的には他者との接触も多く、社会的孤立の程度が低いように見えていても、強い孤独感を経験している場合もある
3-3. 孤独と攻撃性
孤独は社会的ネットワークを通じて伝染する可能性も指摘されている
つまり、社会的孤立を感じている人のそばには、同じように社会的孤立を感じている人が存在している
社会的孤立が特定の地域にまとまって存在するのだとすれば、その地域の社会的資本は乏しく、治安上の危機が高くなる可能性がある
一方で、社会的孤立はそれ自体が攻撃性を高めるものであることも指摘されている
このように孤独は当事者の健康を害するだけでなく、周辺他者に被害を及ぼす可能性があるという意味でも、大きな危機として捉えることができる