5. 孤独という危機
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1. 孤独と心身の健康
1-1. 孤独死
孤独死は年間3万人ともいわれる(結城, 2014)
死因を問わず自宅で亡くなる人は全国で15万人なので、およそ5人に1人
その多くは65歳以上の高齢者
一人で生活していることそれ自体に健康リスクがあるわけではない
厚生労働省は近年、孤独死の代わりに孤立死という言葉を用いる
孤独死という言葉は、独居の高齢者のみを想定させ、支援の幅を限定してしまう恐れがあるとの理由から
孤立死に明確な定義はないが、何らかの理由で、他者との付き合いがほとんどない、社会的に孤立死た生活を送っている人々全般の死を想定した概念
1-2. 心身の健康への影響
バークマンとサイムの、社会的に孤立することが死亡リスクを大きく高めるという研究報告(Berkman & Syme, 1979)
カリフォルニア州アラメダ郡での9年に及ぶ追跡調査
以下のような基準から調査対象を社会的なつながりの多寡によって4群に分け、調査期間内の死亡率を比較した
結婚をしているか
親しい友人や親戚との接触はあるか
教会に所属しているか
公的、非公的なグループとのつながりはあるか
性別、年齢層に限らず、社会的に孤立している者ほど死亡率が高くなっていることがわかる
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結果の解釈は慎重でなければならない
社会的孤立→健康悪化→死亡リスク上昇
健康悪化→社会的孤立&死亡リスク上昇
その後のメタ分析によれば、社会的孤立は健康に対して、高血圧や肥満、運動不足、喫煙に匹敵する危険因子だと結論づけられている(House, Landis, & Umberson, 1988)
2. 孤独はなぜ健康を損なうのか
2-1. 孤独の間接的影響:自己制御能力の低下
社会的孤立が健康リスクを高める、想定される2種類のプロセス(浦, 2009)
孤独が生活習慣の悪化を招き、それが健康を損なわせるというプロセス
孤独が自己制御能力を低下させると仮定するもの
通常、我々は他者の目に映る自分を意識して生活している
バウマイスターらが一連の研究を行っている
例えば、実験場面で参加者たちに一時的に孤独感を経験させると、様々な側面での自己制御能力が低下することを報告している
パーソナリティテストの偽のフィードバックによって、今後対人関係に恵まれず、孤立した生活を送ることになるかもしれないと信じ込まされた実験参加者は、様々な認知課題、特に論理的推論のような高次の認知能力が求められる課題の成績が奮わなかった(Baumeister, Twenge, & Nuss, 2002)
この場合、孤独感を経験した参加者は、意欲だけでなく、解答の際の注意力も欠いているようで、回答した問題でも間違いが多く見られた
将来、社会的に孤立した生活を送るかもしれないと信じ込まされた実験参加者や、他者から実際に拒絶されたと信じ込まされた参加者は、健康には良いものの、味がまずい飲み物をあまり飲まなかったり、その反対に、健康には悪そうだが、甘くて美味しいお菓子をたくさん食べるようになったりすることが報告されている(Baumeister, DeWall, Ciarocco, & Twenge, 2005)
孤独感は健康リスクに影響を与える自己制御能力を低下させ、自らの健康を害するような自滅的行動をとってしまう
同様の傾向は、実験室だけでなく、普段の生活の中で経験されている孤独感と日常的な生活習慣との関連を調べた研究でも報告されている
孤独感と食習慣の関係を調べた調査では、そうでない中高年に比べ、高脂肪食品の摂取量が多いといった傾向が見られている(Hawkley, & Cacioppo, 2007)
興味深いのは、孤独を感じている人に見られるこのような生活習慣の悪化は、中高年には顕著なものの、若者ではあまり見られないということ
プロセスははっきりしないものの、中高年においては、孤独が生活習慣の悪化を予測する重要な要因であることは確か
孤独が直接的に健康を損なわせるというプロセス
次項
2-2. 孤独の直接的影響とその進化的意味
この分野の研究を牽引してきたカシオポによれば、孤独は直接的に健康リスクを高めるのだと主張する(e.g., Cacioppo & Patrick, 2008)
マズローは、人間の欲求を階層的に位置づける欲求階層説を提唱している(Maslow, 1943)
社会的欲求(social needs)
集団に所属したり、仲間から受け入れられたりすることを欲する
生理的欲求、安全欲求に次ぐ3番目の欲求とされる
衣食住への欲求(物質的欲求)が満たされたあとに満たされたあとに欲せられる、最初の精神的欲求だという
一方、バウマイスターとレアリーは、人間は集団に所属すること(belonging)で食や安全を確保してきたとの見解から、社会的欲求(彼らの言葉では所属欲求)はより根源的な欲求だとしている
集団への所属が脅かされることは生存の危機を意味するがために、孤独は我々に、様々な警告信号を発するのだという(Baumeister & Leary, 1995; Leary & Baumeister, 2000)
進化心理学
人間の心の働きは、身体的な形質や行動的な傾向性と同じように、環境への適応の産物だと考えられている
人間の場合、他者とのつながりを求める方向に進化的な選択が働いたとしてもおかしくないと進化心理学者は考える
この仮説の傍証
他者から拒絶されたときの脳の反応が、身体的な痛みを経験しているときの脳の反応に類似しているという研究報告
アイゼンバーガーらは、実験参加者にサイバーボール課題を体験させ、その間の脳の働きをfMRIによって観測した(Eisenberger, Lieberman, & Williams, 2003)
コンピュータゲームで自分のところにだけパスが回ってこなくなってしまう
前部帯状皮質(前帯状皮質, anterior cingulate cortex; ACC)の特に前帯状皮質背側部(dorsal anterior cingulate cortex; dACC)の活性化が大きくなることが明らかになった
人間が身体的な痛みを経験しているときに活性化するのとほぼ同じ部位
他者からの拒絶は、身体の損傷のように生命を直接的に脅かすものではないので、身体的な痛みと心の痛みが共通した脳神経基盤を持っているとすれば、それは奇妙なこと
社会的孤立が身体の損傷にも匹敵する危機だったのだろう
実際、人間は他者からの拒絶に対して、過敏ともいえる反応をすることも明らかにされている
例えば、サイバーボール課題を使った研究では以下のような状況でも不快感を覚えることが報告されている
自分を仲間はずれにしているのがコンピュータプログラムに過ぎないことがわかっている場合(Zadro, Williams, & Richardson, 2004)
社会的に厭われている集団(KKKなど)のメンバーからの拒絶(Gonsalkorale & Williams, 2007)
身体的な痛みは、身体的な損傷を最小限に留めようと動機づける一種の嫌悪信号であるが、社会的孤立に伴う心の痛みも危険を最小化する行動へと人間を動機付けていると考えられる
カシオポは、孤独は、迫りくる脅威のために身体を準備している状態のようだと述べている(Cacioppo, & Patrick, 2008)
交感神経系は、闘争と逃走(fight and flight, 戦うか逃げるか反応)の神経と呼ばれることからもわかるように、目前の危険に対処すべく、身体を警戒モードに保つ神経系
現代社会においては、社会的孤立に対して、身体が必要以上に警戒モードを保つことは、我々の身体を疲弊させ、かえって健康リスクを高めてしまう危険性もある
カシオポは、孤独は諸刃の剣であり、短絡的には適応的な場合もあるが、慢性的になると危険なものだとしている(Cacioppo & Patrick, 2008)
実際、孤独は、休息によって疲労を回復し、元気を取り戻すことさえも妨げてしまう
孤独を感じている者は、睡眠に至るまでに時間がかかり、日中の疲労感も大きい
また仮に量の上では正常な睡眠時間を確保できていても、睡眠の質が良くないことが報告されている(Cacioppo, Hawkley, Berntson, Ernst, Gibbs, Stickgold, & Hobson, 2002; Hawkley, Preacher, & Cacioppo, 2010)
3. 孤独の危機にどう立ち向かうか
3-1. 社会的サポート
社会心理学の古典的な実験(Schacter, 1959)
女子大学生を実験参加者にして「これから苦痛を伴う電気ショックを受けてもらう予定だ」と説明した上で、実験が始まるまで、一人で待つか、他の人達と一緒に待つかを尋ねると、多くの者は、他の人と一緒に待ちたいと答える
不安の増大は、人々の親和欲求を高めると考えられている
最近の研究が明らかにしたことによれば、他者からの受容は身体的な痛みを和らげる働きを持つという
ブラウンらは、寒冷昇圧試験(痛みを感じるほどの冷水に手を入れる)を使って、他者の存在が実験参加者の感じる身体的痛みにどのような影響を与えるかを調べた(Brown, Sheffield, Leary, & Robinson, 2003)
単に自由に会話を交わすことのできる他者がいるだけでは、一人で試験を受ける場合と痛みの程度は変わらないが、言葉にせよ、アイコンタクトにせよ、試験を受けているときにそれを励ます他者がそばにいると、痛みが和らげられることが明らかになった
アイゼンバーガーらの研究でも、日常的に良好な対人関係を持ち、支援的な関係を築けている人は、サイバーボール課題で他者から拒絶された際に見られるdACCの活性化が抑制されることが明らかにされている(Eisenberger, Taylor, Gable, Hilmert, & Liberman, 2007)
普段の生活の中で適切な社会的サポートを受けられている人は、一時的な排斥にたじろがないような心の働きが築き上げられているのだと考えられる
3-2. 主観的感情としての孤独
興味深いのは孤独というのが主観的感情状態であり、多くの場合、このような主観的な孤独感が、客観的指標(他者との接触頻度など)によって測定された社会的孤立と同程度に、健康リスクを予測すること(Holt-Lunstad, Smith, Barker, Harris, & Stephenson, 2015)
愛染バーガーらのサイバーボール課題を使った研究でも、dACCの活性化の程度が関係したのは、実験参加者が自ら報告した主観的な苦痛の程度であり、脳の働きもこのような主観的な孤独感と連動したものになっている
主観的な感情である以上、孤独感には大きな個人差があることも知られている
客観的には孤立しているように見えても、孤独感を経験していない人はいる
反対に、表面的には他者との接触も多く、社会的孤立の程度が低いように見えていても、強い孤独感を経験している場合もある
主観的な孤独感を測定するのによく用いられるのが、UCLA孤独感尺度(Russell, 1996)
3-3. 孤独と攻撃性
孤独は社会的ネットワークを通じて伝染する可能性も指摘されている
つまり、社会的孤立を感じている人のそばには、同じように社会的孤立を感じている人が存在している
孤独はクラスターで存在する(Cacioppo, Fowler, & Christakis, 2009)
社会的孤立が特定の地域にまとまって存在するのだとすれば、その地域の社会的資本は乏しく、治安上の危機が高くなる可能性がある
一方で、社会的孤立はそれ自体が攻撃性を高めるものであることも指摘されている
レアリーらは、1995年から2001年の間にアメリカで相次いで起きた15件の学校での銃乱射事件の事例研究を行い、これらの事件のほとんどに、慢性(仲間外れやいじめなど)もしくは急性(恋人からの拒絶など)の他者からの拒絶が関わっていると指摘されている(Leary, Twenge, & Quinlivan, 2006)
このように孤独は当事者の健康を害するだけでなく、周辺他者に被害を及ぼす可能性があるという意味でも、大きな危機として捉えることができる
→6. 貧困という危機